2007年08月23日 (木) | 編集 |
今日も長男と次女がお弁当を作って外出しましたが
今回は“弁当代1000円”の支給は“なし”です。
帰る道すがら、私の怒りのオーラを察知したのでしょう。
長男が、「今日の1000円はチャラだよね…」と呟きました。
「当たり前です」とだけ私は返答し
家に着くと、二人を目の前に座らせて説教をしました。
今回は“弁当代1000円”の支給は“なし”です。
帰る道すがら、私の怒りのオーラを察知したのでしょう。
長男が、「今日の1000円はチャラだよね…」と呟きました。
「当たり前です」とだけ私は返答し
家に着くと、二人を目の前に座らせて説教をしました。
まず、駅のホームで電車を待っているときに、
子ども達はじゃれ合ってお互いの顔を叩き合い始めたこと。
たとえ遊びであっても、人の顔を叩くことはいけない、
自分達はふざけているつもりでも、傍目に見ていて非常に見苦しい、
と普段から口を酸っぱくして言っています。
にもかかわらず、公共の場で性懲りもなく同じことを繰り返したことを
私は厳しく叱責しました。
実は、この日の数日前に地元の夏祭りで
酔っ払いが騒ぎを起こした挙句、最後に大勢の人前で妻を引っ叩くという
ひどいトラブルを目撃したばかりだったので
人の顔を叩くということが
それを目にするまわりの人間にもどれほど不快感を与えるかということを
目の当たりにしたばかりだったのでなおさらです。
次に、電車に乗っている間、2人でつつき合ったり
車中でモゾモゾと動いていたこと。
電車のような閉じられた空間の中で、
誰かが落ち着きなく動いたり騒いだりするのが視界に入るのは
非常に目障りで不快感を感じるものです。
乳幼児ならともかく、
子どもと言えども小中学生のような、ある程度大きくなった子どもが
ほんの数十分じっとしているという我慢ができないようでは困ります。
この事も、再三言い聞かせてきたはずなのに
今日は私が何度注意を促しても、じゃれ合っていました。
さらには、今日の目的は観劇だったのですが
芝居の最中にもまた同じことをしたのです。
よって、これだけの問題行動を取った以上、
弁当を作ったからといって“弁当代の支給”をすることはできない、
と言い渡しました。
お金は人間が考え出した素晴らしい知恵の道具です。
自動販売機にコインを入れるとジュースが出てくることをサルに学ばせるという実験を
以前、テレビで見たことがありますが
コインを入れることは学習できても、
コインに価値があることをサルは理解できませんでした。
お金の価値を理解し使いこなせるのは、
やはり人間だけなのです。
では、人間とサルとの違いは何か?
それは状況を把握し、まわりの人に不快感を与えないような態度を取れる
つまりマナーをわきまえることができるということではないでしょうか。
そういう視点で考えれば
今回の子ども達の態度はとても分別のある人間の行動とは
言えないものでした。
サルにお金を渡すことはできません。
よって、特別支給は“なし”となった次第です。
これまで段階を追って公共マナー(外出時のふるまい)については
繰り返し教え、トレーニングを積んできたつもりでした。
今日、なぜこんなにひどい結果になったのか
原因はいろいろと考えられます。
祖母と一緒だったので気が緩んだからか
観劇に行くということで興奮していたからか
あまりの暑さに思考能力と緊張感が低下していたからなのか…
ただ、やはり悪いことをしたら
きちんと叱ることが必要です。
親としては非常にがっかりさせられた一日でしたが
“ローマは一日にして成らず”
子育ても同じく
3歩進んで2歩下がる、行きつ戻りつしながらの
地道な忍耐とトレーニングが必要だと再認識させられました。
子ども達はじゃれ合ってお互いの顔を叩き合い始めたこと。
たとえ遊びであっても、人の顔を叩くことはいけない、
自分達はふざけているつもりでも、傍目に見ていて非常に見苦しい、
と普段から口を酸っぱくして言っています。
にもかかわらず、公共の場で性懲りもなく同じことを繰り返したことを
私は厳しく叱責しました。
実は、この日の数日前に地元の夏祭りで
酔っ払いが騒ぎを起こした挙句、最後に大勢の人前で妻を引っ叩くという
ひどいトラブルを目撃したばかりだったので
人の顔を叩くということが
それを目にするまわりの人間にもどれほど不快感を与えるかということを
目の当たりにしたばかりだったのでなおさらです。
次に、電車に乗っている間、2人でつつき合ったり
車中でモゾモゾと動いていたこと。
電車のような閉じられた空間の中で、
誰かが落ち着きなく動いたり騒いだりするのが視界に入るのは
非常に目障りで不快感を感じるものです。
乳幼児ならともかく、
子どもと言えども小中学生のような、ある程度大きくなった子どもが
ほんの数十分じっとしているという我慢ができないようでは困ります。
この事も、再三言い聞かせてきたはずなのに
今日は私が何度注意を促しても、じゃれ合っていました。
さらには、今日の目的は観劇だったのですが
芝居の最中にもまた同じことをしたのです。
よって、これだけの問題行動を取った以上、
弁当を作ったからといって“弁当代の支給”をすることはできない、
と言い渡しました。
お金は人間が考え出した素晴らしい知恵の道具です。
自動販売機にコインを入れるとジュースが出てくることをサルに学ばせるという実験を
以前、テレビで見たことがありますが
コインを入れることは学習できても、
コインに価値があることをサルは理解できませんでした。
お金の価値を理解し使いこなせるのは、
やはり人間だけなのです。
では、人間とサルとの違いは何か?
それは状況を把握し、まわりの人に不快感を与えないような態度を取れる
つまりマナーをわきまえることができるということではないでしょうか。
そういう視点で考えれば
今回の子ども達の態度はとても分別のある人間の行動とは
言えないものでした。
サルにお金を渡すことはできません。
よって、特別支給は“なし”となった次第です。
これまで段階を追って公共マナー(外出時のふるまい)については
繰り返し教え、トレーニングを積んできたつもりでした。
今日、なぜこんなにひどい結果になったのか
原因はいろいろと考えられます。
祖母と一緒だったので気が緩んだからか
観劇に行くということで興奮していたからか
あまりの暑さに思考能力と緊張感が低下していたからなのか…
ただ、やはり悪いことをしたら
きちんと叱ることが必要です。
親としては非常にがっかりさせられた一日でしたが
“ローマは一日にして成らず”
子育ても同じく
3歩進んで2歩下がる、行きつ戻りつしながらの
地道な忍耐とトレーニングが必要だと再認識させられました。
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